—— 私は長年にわたり、江戸時代から近代にかけて描かれた古い絵のぼりを、自ら探し求め、一点ずつ収集してきました。
これらの古作は、当時の絵師たちの技術や表現を知るための、大切な研究資料です。実物に残された筆線や構図、色彩からは、暮らしの中で掲げられていた絵のぼりの姿と、その制作に携わった人々の工夫が見えてきます。
このページでは、所蔵する古作の一部をご紹介するとともに、現役の絵師として、そこから何を学び、現在の制作にどう生かしているのかをお伝えします。
—— 江戸時代の端午の節句には、武者や鍾馗、神話や吉祥の題材を描いた絵のぼりが、家々の前に掲げられていました。
それらは、子どもの成長や家の繁栄など、人々の願いを託して描かれた旗でした。時代を経て現代に残された古作には、当時の暮らしや美意識とともに、絵師たちの仕事の跡が刻まれています。
私は絵のぼりの制作を続けるなかで、昔の絵師たちがどのように大きな画面を構成し、布の上に人物や風景を描いていたのか、実物を通して確かめたいと考えるようになりました。
人物の輪郭を描く線の強弱、墨の濃淡、色彩の重ね方、画面全体の余白の取り方。そうした表現には、現在の制作にも通じる工夫が見られます。
所蔵品には、名の知られた絵師による作品もあれば、作者の分からない作品もあります。保存状態の良し悪しもさまざまですが、それぞれの筆づかいや構図には、学ぶべきものがあります。
古い絵のぼりを収集することは、かつて同じ仕事に携わった絵師たちの技術や発想に触れることでもあります。
長い年月を経て残された実物資料を読み解きながら、その知見を自分自身の制作にも生かしていきたいと考えています。
—— 江戸時代の絵のぼりには、さまざまな系統の絵師や地方の民間画工が携わっていました。
古作を見比べると、題材の違いとともに、それぞれの描き手が持つ技術や表現の個性が見えてきます。
江戸後期の狩野派系統による《加藤清正図幟》は、卓越した線描と色彩設計が見どころです。
線の上にあえて色彩を重ね、画面になじませる部分がある一方、線を避けて彩色し、輪郭を鮮明に残す部分もあります。
線と色彩の関係を巧みに使い分けた、熟練の絵師ならではの表現です。
《高砂図幟》では、限られた線描によって男女の姿を描き分けています。
少ない線で人物の特徴を的確に捉えるところに、絵師の高い表現力が感じられます。
地方の民間画工による《鶴亀図幟》には、素朴ながら生き生きとした造形の魅力があります。
伸びやかな筆づかいと力強い表現からは、民間の絵師たちが生み出した絵のぼりの豊かさが伝わってきます。
このように、古作にはそれぞれ異なる技術や表現の魅力があります。私は、こうした違いを実物から学びながら、現在の制作にも生かしています。
—— 幕末の絵師・須藤晏斎による、天照大神の「岩戸隠れ」を題材とした絵のぼりです。
神話の一場面を、登場する神々の姿や動きを通して生き生きと描いています。
見どころは、芝居の一場面を思わせる構図と演劇性です。神話の物語を、見る人に伝わる絵として表現するための工夫が感じられます。
神楽や歌舞伎など、江戸時代の人々に親しまれた芸能とも通じる表現が見られ、当時の絵のぼりが持っていた豊かな物語性を伝える一作です。
—— 江戸時代から近代にかけて制作された、所蔵絵のぼりの一部をご紹介します。
著名な絵師による作品から、作者の分からない民間画工の作品まで、題材や画風、技法もさまざまです。
それぞれの作品には個別の解説ページを設けています。気になる作品を選び、古い絵のぼりの多彩な表現をご覧ください。
※掲載資料は研究・紹介を目的とした所蔵品であり、販売品ではありません。
幕末の町絵師・須藤晏斎が、天岩戸の神々を神楽の舞台のように生き生きと描いた節句幟。
▶ 詳細を見る
国芳門人の浮世絵師による鍾馗図。幅広の唐木綿に残る力強い筆線と、署名・落款印に注目。
▶ 詳細を見る
江戸後期の三国志図。勢いのある筆線と、細長い画面に武将たちを収める構成力が見どころ。
▶ 詳細を見る
堤等琳の流れを汲む絵師が、源頼光らの大江山退治を描いた、縮緬地の小型の座敷幟。
▶ 詳細を見る
明治初期の歌舞伎《髪結新三》を題材にした幟。芝居の流行と当時の町人文化を映す一作。
▶ 詳細を見る
歌舞伎の絵看板を担った鳥居派の絵師による座敷幟。鍾馗の筆致と付属する家紋幟に注目。
▶ 詳細を見る
高さ約8.2mの豪華な筒描き幟。染色職人の技術と、節句飾りが持つ威信の側面を紹介。
▶ 詳細を見る
日本武尊・神功皇后・加藤清正を描いた明治期の室内幟。裏彩色と丁寧な筆づかいが見どころ。
▶ 詳細を見る
千成瓢箪が示す豊臣秀吉の図柄。人物の面相と馬体・甲冑の筆法から、分業制作の可能性を探ります。
▶ 詳細を見る
麻地に筒描きで表した熊谷直実。浮世絵を思わせる迫力と、繊細な白線の表現に注目。
▶ 詳細を見る
いわき地方の作と考えられる鬼と鍾馗の幟。人物表現や生地の中央縫いから、当時の制作を考察。
▶ 詳細を見る
横幅のある四半旗の鍾馗図。竿通しの乳に施されたセーマンドーマンの刺繍も紹介。
▶ 詳細を見る
鍾馗・加藤清正・鯉のぼりなどを切り抜いて組み立てる、幕末の木版玩具絵。
▶ 詳細を見る
祝福の舞・三番叟を筒描きで表した幟。メトロポリタン美術館の類似作と比較します。
▶ 詳細を見る
大正6年(1917)の制作記録と花押が残る桃太郎図。犬・猿・雉の気迫ある表情も見どころ。
▶ 詳細を見る
いわき地方で描かれた日本武尊図。絵師・近藤辰治の作品にも通じる力強い筆致を紹介。
▶ 詳細を見る
絹地に墨で描かれた小型の鍾馗図。素朴な筆致と古布流通に残るスタンプの痕跡を紹介。
▶ 詳細を見る
筆や書物に親しみながら、どこかふざけ合う三人の子ども。筒描きの小旗に残る生き生きとした描写。
▶ 詳細を見る
表絵師の家系に属する狩野玉円永信が描いた、疱瘡除けの朱鍾馗図。手慣れた筆致にも注目。
▶ 詳細を見る—— 古い絵のぼりを見る際には、同じ題材を描いた作品同士を比べてみるのも面白いものです。
例えば鍾馗図でも、作者や時代、地域によって顔つきや衣服の描き方、筆線の勢いなどが異なります。
また、武者や神話、吉祥の図柄が、どのような願いや物語と結びつき、旗の絵として表現されてきたのかに目を向けると、さらに興味が広がります。
それぞれの作品に残された、絵師たちの工夫や表現の個性を感じていただければと思います。
—— 古い絵のぼりを見ていくと、どのような絵師たちが制作に携わり、絵のぼりがどのように受け継がれてきたのかという興味も広がります。
当サイトでは、江戸時代の絵のぼり作家や、武者絵のぼりの起源、各地で育まれた絵師文化についても紹介しています。
所蔵する古作とあわせて、絵のぼりの歴史や文化的な背景をご覧いただければと思います。
—— 古作の収集と研究は、現在の私自身の絵のぼり制作にも深くつながっています。
線をどのように運ぶか、色彩をどの順序で重ねるか、題材を大きな画面にどう収めるか。古い絵のぼりには、かつての絵師たちが積み重ねてきた工夫が残されています。
私はそうした技術や発想を実物から学び、日々の制作に生かしています。
これからも古作の収集と研究を続けながら、昔の絵師たちが残した表現を読み解き、現代の暮らしの中にも掲げられる絵のぼりを描き続けていきたいと考えています。
松重豊さん出演「福島豊」Youtubeシリーズにて、
絵のぼり工房として紹介されています。
工房訪問回および絵のぼりのお披露目回です。
人の集まるハレの場を象徴する、ユーモラスな「旗印」として。
松重豊さんが工房へ(第7話)
絵のぼりお披露目(第8話)