―― 明治から大正期に制作されたと考えられる、無銘の《鬼と鍾馗図幟》。いわき地域の作品と見られる、木綿地に手描きされた武者絵のぼりです。
鬼と鍾馗の図柄や、浮世絵を思わせる人物表現、中央縫いのある生地、上部に描かれた家紋などに注目し、当時のいわき絵のぼりの姿をご紹介します。
1|無銘《鬼と鍾馗図幟》について
- 題名:鬼と鍾馗図幟 ※非売品
- 時代:明治~大正
- 産地:いわき市
- 作者:無銘
- 素材:木綿
- 技法:肉筆(手描き)
- 寸法:縦 約470cm × 横 約63cm
- 所蔵:いわき絵のぼり吉田
―― 本作は、魔除けの神として知られる鍾馗と鬼を描いた、端午の節句の武者絵のぼりです。
鍾馗は、疫病や災厄を退ける存在として親しまれ、子どもの健やかな成長を願う節句幟にも数多く描かれてきました。鬼と組み合わせることで、邪気を退ける力が印象的に表現されています。
本作には、力強い配色と大胆な筆づかいが見られ、屋外に掲げた際にも図柄がよく映える構成となっています。
2|いわき絵のぼりの歴史と本作
―― いわき地方には、江戸時代から絵のぼりを掲げる風習が伝えられています。
天和3年(1683)、磐城平藩主・内藤義概が、端午の節句に絵のぼりを掲げるよう奨励したと伝えられています。また、江戸後期から明治初期の地域の風俗を記した『磐城誌料歳時民俗記』にも、絵のぼりに関する記述が残されています。
こうした風習のなかで、いわき地方では絵のぼりが制作され、人々の節句を彩ってきました。
本作も、その地域に伝えられた絵のぼりの姿を知るうえで、興味深い一幅です。
3|鍾馗の面相と浮世絵に通じる表現
―― 本作の鍾馗には、誇張された表情や大胆な姿勢など、浮世絵の武者絵を思わせる表現が見られます。
江戸時代に広く流通した浮世絵版画は、武者の姿や物語を伝える図像として、絵のぼりの画風にも影響を与えたと考えられます。本作にも、歌川国芳に代表される力強い武者絵に通じるところがあります。
一方、人物の輪郭や装飾は比較的単純な筆づかいでまとめられており、大きな幟の画面に合わせた描き方となっています。
こうした誇張や省略のなかにも、当時の絵師が取り入れていた表現の特徴がうかがえます。
4|生地の中央縫いと制作年代
―― 古作の絵のぼりには、細幅の生地を二枚つなぎ、幟の幅を確保したものが一般的です。本作にも中央縫いがあり、二枚の生地をつないだ仕立てが確認できます。
明治以降、幅広の機械織り生地が普及していきましたが、その進み方は全国一律ではありません。いわき市暮らしの伝承郷に市民から提供された大正期の絵のぼりにも、細幅の手織り生地を縫い合わせたものが確認できます。
本作も、当時の地域における絵のぼり制作のあり方を考えるうえで、興味深い一幅です。
5|家紋に残る手仕事と地域の記憶
―― 幟の上部には、家を象徴する家紋が描かれています。
その線や形には、手描きならではの揺らぎが見られ、当時の絵師の仕事ぶりを感じ取ることができます。
家紋を掲げた絵のぼりは、子どもの成長を願うとともに、その家の印を人々に示す旗でもありました。
本作には、いわき地方に伝えられた絵のぼりの画風や仕立て、そして家々の節句を彩った文化の一端が残されています。
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