―― 旗や幟は、遠くからでも目に入り、風に動きながら、その場に何があるのか、誰がいるのかを伝えてきました。
戦場では所属や存在を示し、節句や祭礼では願いや祝いを表し、商いの場では人の目を引く目印にもなります。
用途は違っても、そこには「その場の意味を見える形にする」という共通した働きがあります。
このページでは、絵のぼりを描く立場から、旗や幟が担ってきた役割を、古い作例や現在の姿とともに見ていきます。

―― 旗や幟は、遠くからでも目に入り、風に揺れることで自然と視線を集めます。
そこに描かれた図像や文字は、「誰がいるのか」「何が行われているのか」「どのような場なのか」を、人に伝える手がかりになります。
旗は、目印であると同時に、人の意識をその場所へ向けるものでもあります。
―― 戦国時代の戦場では、旗指物や幟が重要な役割を担っていました。
多くの人が入り乱れる中で、味方と敵を見分け、自分たちの位置や所属を知らせるためです。
家紋や印を掲げた旗は、遠くからでも「ここに誰がいるのか」を伝えました。
旗には、古くから人や集団の存在を、目に見える形で示す働きがあったことが分かります。
―― 江戸時代の資料を見ると、旗や幟は節句や祭礼など、暮らしの中のさまざまな場にも掲げられています。
江戸時代の端午の節句には、武者や鍾馗、鯉などを大きく描いた節句幟が家々の前に掲げられました。
子どもの成長を祝う幟や、祭礼の場に掲げられる旗には、その家や地域の願いが託されています。
絵や文字を大きく掲げることで、目には見えない願いや祝いの気持ちを、その場に表していたともいえるでしょう。

―― 現在、街中で目にする幟の多くは、店先や催しなどで使われるものです。
色や文字によって人の目を引き、「ここで何かが行われている」と知らせる働きは、現代でも変わりません。
人の往来が増え、市場や宿場、都市が発達すると、見知らぬ人に「ここに何があるのか」を伝える必要も高まります。看板や暖簾、幟のような目印の役割が大きくなっていった背景には、交通や商業の広がりも関わっていたと考えられます。
一方、旗や幟の歴史をたどると、商いだけでなく、戦、節句、祭礼、信仰など、さまざまな場で掲げられてきたことが分かります。
用途は変わっても、何かを人に知らせ、その場所へ意識を向けてもらうという働きは、今も残っています。
―― ここまで見てきた旗は、使われる場所も目的もそれぞれ違います。
戦場では、誰がそこにいるのかを示す。節句や祭礼では、祝い事や願いを表す。商いの場では、人の目を引き、その場所へ導く。
共通しているのは、旗が掲げられることで、その場所の意味が人の目に見えるようになることです。
旗が立つことで、そこが陣であること、祭りや祝いの場であることが、人の目にも分かるようになります。
私は、旗や幟には、そのように「場を象徴する」働きがあると考えています。
―― 私が絵のぼりを描くときも、図柄だけを考えているわけではありません。
誰のために作るのか。どこに掲げられるのか。どのような祝い、祭礼、催しの場なのか。
そうしたことを考えながら、大きさや構図、図柄の見え方を決めていきます。
旗に描かれた絵は、掲げられて初めて、その場所の一部になります。
私にとって旗に絵を描くことは、絵を一枚描くことと同時に、その場を象徴するものを形にする仕事でもあります。
そういう意味では、旗の絵を描くことは、その場の意味をどう見える形にするかを考える仕事でもあります。
―― 旗や幟は、長いあいだ、人の暮らしのさまざまな場に掲げられてきました。
戦場の旗、節句の幟、祭礼の旗、店先の幟。見た目も目的も違いますが、そこには「何かを掲げ、その場所の意味を人に伝える」という共通した姿があります。
現在、私が描いている絵のぼりも、その長い旗文化の一つです。
古い旗や幟の姿を見ていくことは、自分がいま描いているものが、どのような文化の上にあるのかを考えることにもつながっています。
文・辰昇|絵のぼり絵師
福島県いわき市
350年にわたり受け継がれる絵のぼり文化。
藩主の推奨とともに育まれた祈りの旗印。
旗指物から節句幟へ。
武者絵のぼりの成立と歴史をたどります。
節句幟や招き・吹流しから、
現在の鯉のぼりへ続く歴史をたどります。
浮世絵師や町絵師など、
絵のぼりを描いた人々の姿を、
作例と技法から読み解く。
松重豊さん出演「福島豊」Youtubeシリーズにて、
絵のぼり工房として紹介されています。
工房訪問回および絵のぼりのお披露目回です。
人の集まるハレの場を象徴する、ユーモラスな「旗印」として。
松重豊さんが工房へ(第7話)
絵のぼりお披露目(第8話)