―― 明治初期の絵師・雪洲による《髪結新三図幟》。歌舞伎『梅雨小袖昔八丈』を題材に、髪結いの男と町人女性を描いた、珍しい節句幟です。
武将や神話とは趣の異なるこの作品には、当時の芝居の流行や、人々の暮らしに根ざした美意識が表れています。人物の描写を手がかりに、その背景を考えてみたいと思います。
1|雪洲《髪結新三図幟》について
- 作品名:髪結新三(梅雨小袖昔八丈)図幟 ※非売品
- 絵師:雪洲
- 時代:明治初期
- 素材:麻・墨・顔料
- 技法:肉筆(手描き)
- 寸法:約 縦550×横67cm
- 所蔵:いわき絵のぼり吉田
- ※上部の家紋と二引きが、節句幟であることを示す。
―― 本作の上部には家紋と二引きが描かれ、端午の節句に掲げられた幟であることがわかります。
細長い画面には男女二人が描かれ、絵師の「雪洲」という銘が残されています。
2|歌舞伎《髪結新三》と明治初期の流行
―― 本作の題材と考えられる『梅雨小袖昔八丈』は、河竹黙阿弥が手がけ、明治6年(1873)に初演された歌舞伎です。主人公の名前から、一般に『髪結新三』として知られています。
物語は、廻り髪結いの新三が、商家の娘・お熊を連れ去ることから展開します。新三は腕の立つ髪結いでありながら、悪事を働く小悪党として描かれ、その威勢のよさや江戸っ子らしい振る舞いが芝居の魅力となっています。
本作も、こうした芝居が話題となった明治初期に描かれたものと考えています。人気の芝居が、家庭で掲げる節句幟の画題にも取り入れられていたのでしょう。
3|髪結いの男と町人女性の描写
―― 下部の男性は髪結道具を携えて座り、誰かに語りかけるような仕草を見せています。道具や姿勢が芝居絵に描かれた髪結新三と重なることから、この人物を新三と考えています。
一方、上部には華やかな着物をまとった女性が描かれています。口元にはお歯黒や、下唇に施す笹紅を思わせる表現があり、江戸後期から明治初期の女性の化粧文化を伝えています。
この女性は、芝居に登場する白子屋の後家・お常を表したものかもしれません。人物の表情や衣装、髪結道具といった細部にも、当時の風俗を描き出そうとした絵師の工夫が見られます。
4|芝居を題材にした節句幟
―― 髪結新三は、武勇や立身出世を象徴する英雄とは異なり、町人社会を舞台に活躍する小悪党です。そのような人物が端午の節句の幟に描かれていることは、興味深いところです。
節句幟の画題には、注文する家の好みや、その時代に親しまれた文化が反映される余地もあったのでしょう。芝居好きの家であれば、人気役者が演じる人物や、話題の演目を幟に描いて楽しむことも考えられます。
本作からは、子どもの成長を祝う風習とともに、大人たちの芝居への愛着や趣味も感じられます。
5|二本組の可能性と作品に残る時代の姿
―― 本作の構図を眺めていると、もともとは別の幟と一対になっていた可能性も考えられます。
男性が画面の外に向かって語りかけるように見えることや、人物配置の偏りも、その可能性を感じさせます。もしもう一本があったとすれば、物語に登場する恋仲の町娘・お熊と忠七が描かれていたと考えるのが自然ではないかと思います。ただし、確かなことはわかりません。
武将や神々と並んで、当時流行した芝居の人物も節句幟に描かれていたこと。そして、その絵柄に家庭の好みや時代の風俗が反映されていたこと。
この《髪結新三図幟》は、明治初期の人々がどのように節句を祝い、どのような文化に親しんでいたのかを考える、興味深い資料だと思います。
6|関連する古作絵のぼりと歴史解説
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