刺繍の祭礼文化と、手描きの祭礼絵画が出会う
1|祭礼の伝統を受け継ぐ、手描きの水引幕
—— 日下太鼓台では、それまで川中島合戦を題材とした刺繍幕が用いられており、新しい幕にも、この題材を受け継ぎたいというご希望がありました。
一方、ご依頼に際しては、近年の猛暑のなか、厚みのある刺繍幕では太鼓台の中に入る方々への身体的な負担が大きくなることから、新調する水引幕には手描きの絵画を採用したいとのお話を伺いました。
東大阪を含む河内地域の太鼓台では、刺繍による華やかな装飾が長く用いられてきました。
今回の新調では、従来の「川中島合戦」という題材を受け継ぎながら、肉筆による水引幕を制作することになりました。
私自身がこれまで学んできた江戸期の絵のぼりや祭礼絵画の表現も踏まえながら、日下太鼓台の祭礼にふさわしい手描きの幕を考えていきました。
この水引幕は、石切劔箭神社へ宮入する日下太鼓台に用いられるものです。
受け継がれてきた題材と祭礼の場を意識しながら、現在の日下太鼓台にふさわしい姿を探っていきました。
2|刺繍幕の図像から、肉筆絵画へ
—— 制作にあたっては、従来の刺繍幕に用いられてきた下図や刺繍の写真資料を見せていただきました。
そこに描かれた人物や場面を手がかりとしながら、肉筆の水引幕として成立するよう、人物の形や動き、武具の流れ、画面の構成をあらためて考え、四面それぞれの下図を起こしていきました。
制作にあたっては、これまで収集・研究してきた江戸期の絵のぼりや、祭礼に用いられた肉筆画も参考にしました。
古作に見られる構図や筆づかい、色彩、遠くから見たときの図像のあり方などを手がかりにしながら、現在の日下太鼓台に合う表現を探っていきました。
また、「もし江戸期の絵師が、この太鼓台の幕を手掛けるとしたら、どのような発想を持ち込んだだろうか」と想像することも、制作を考える一つの手がかりになりました。
古作をそのまま再現するのではなく、人物の見せ方や構図、色彩、祭礼の場との関係を学びながら、現在の日下太鼓台にふさわしい肉筆絵画として組み立てています。
3|四面に組み立てた「川中島合戦」
—— 水引幕は、太鼓台の四面を囲むように取り付けられます。
それぞれの方向から見たときに絵が成立しながら、隣り合う面を含めて大きな場面をつくることもできます。
最大の見せ場は、武田信玄と上杉謙信の対峙です。
二人を大きく向かい合わせる構想は、ご依頼主からいただいた提案でした。
手描きの布面を生かし、面の境界を含めて人物を大胆に配置することで、太鼓台に取り付けた状態で信玄と謙信の対峙が強く立ち上がるよう構成しました。
別の方向には、駆けつける上杉四天王・甘粕景持、謙信を背後から槍で突く原大隅守、その騎馬の躍動を横長の画面として展開しています。
とりわけ甘粕景持の手にする長槍は、横方向へ伸びる構図を支える重要な要素です。
人物、馬、武具の方向を組み合わせながら、太鼓台を巡って見る中にも合戦の動きが感じられるよう整えました。
4|祭礼の場に映える、色と形
—— 地色には、ご依頼主の指定による濃紺を用いました。
刺繍による華やかな装飾が用いられてきた太鼓台の中に肉筆の水引幕を置くため、手描きならではの表情を生かしながら、祭礼の場で十分な存在感を持つよう、金系の顔料による雲霞を横長に配しました。
深い濃紺の地に金の雲霞を置くことで、人物や馬を包みながら画面に明るさを加え、四面に共通する背景としてのまとまりも持たせています。
銀系の顔料は、武者の甲冑や装飾などに用いています。
甲冑や衣装の文様は、祭礼の場で離れた位置から見た際にも形や色が伝わるよう、やや大きめの尺度で描きました。
これは、屋外で掲げられる絵のぼりにも共通する考え方です。
朱、緑青、群青などの色も、画面全体にリズミカルに現れるよう配置しています。
色の流れが、祭礼の華やかさや熱気、その場の温度感に共振することを意識しました。
近くでは筆の線や顔料の重なり、甲冑の文様や馬の毛並みが見え、離れると人物や騎馬、金の雲霞、色彩のまとまりが大きな画面として立ち上がる。
その両方が成立することを大切にしています。
5|絵師の仕事から、祭礼の幕へ
—— 下図がまとまった後は、木綿地へ人物や馬の形を移し、墨と顔料を重ねながら本制作を進めました。
大きな形と色面を整えた後、濃紺の地色、金の雲霞、人物の甲冑や衣装、金銀を用いた装飾、馬の毛並みなどを描き込み、四面全体の調子を見ながら仕上げていきます。
今回、私が担当したのは、水引幕に用いる図像の構成、下図の作成、木綿地への描画までです。
全国各地の祭礼には、それぞれ異なる山車や太鼓台の形式があり、幕の寸法、縫製、取り付け方にも地域ごとの仕様があります。
日下太鼓台の水引幕では、描画を終えた絵布を東大阪へ送り、現地で水引幕として縫製・仕立てていただきました。
絵画部分を絵師が担い、現地の太鼓台に通じた方々が仕立てを担うことで、実際の祭礼に用いられる幕として完成しています。
完成後には日下太鼓台の新調記念誌も発行され、この水引幕について、四面それぞれの図柄とともに新調の記録として掲載されました。
神社へ宮入する太鼓台の一部として、手描きの絵は現在の祭礼の場へ加わりました。
制作|辰昇(絵のぼり絵師)
福島県いわき市
相馬野馬追|旗指物「海老」制作
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太鼓台・山車の水引幕、奉納幟、大幟など、祭礼の場で用いる手描き絵画のご相談を承っています。
古い幕や下図、写真、地域に伝わる図柄などを手がかりに、使用する場所や大きさを確認しながら、図像の構成・下図の作成・布地への描画を行います。
幕の縫製・仕立てについては、その形式や地域の仕様に応じて対応が異なります。
太鼓台の水引幕など、専門的な仕立てを要するものは、ご依頼主より地元の祭具・仕立て業者へご依頼いただく場合があります。
幟など、当工房で仕立てまで行うものもあります。