—— 2009年に渋谷区松涛美術館で開催された
「庶民の願い・絵師の技―江戸の幟旗」展の図録あとがきより、
日本人形文化研究所の林直輝氏による文章です。
昨今の職事情
江戸初期から盛んになった節句幟が
下火となったのは戦後のことである。
それでも、何度かのベビーブームや好景気のおかげで、
古くからの風習が根付いている地域では
なお盛んに立てられていたのであった。
しかし、生活様式の欧米化ゆえか、
あるいは教育方針の変化ゆえかは知らぬが、
他の「伝統文化」といわれるものと同様、
これも徐々に衰えをみせ、
昭和四十年代以降はいよいよ淋しくなっていった。
明治生まれの叩き上げの職人さんが高齢化し、
跡継ぎもなく次々と廃業していく一方で、
大手の鯉のぼりメーカーなどが 安価な量産品を流通させ、
その結果、節句自体も全国的に 画一化していったのである。
「江戸の幟旗」の時代は
ここにほぼ完全に幕を下ろしたといえるだろう。
現在、世間に出回っている節句幟の大半は、
職人技の片鱗すら見出せない稚拙に過ぎる代物である。
あるいは手仕事の本質から外れた
下手な手描きよりは
綺麗な印刷のほうがまし、ともいえよう。
ただし、それも良い原画があってのことである。
作り手も買い手も、
ものの良し悪しを見極める眼を持たなくなった世に、
美しいものが生まれるはずもない。
いつの世も職人を育てるには、
まずその作るものを買い求めることが大切ではあるが、
時には断固として買わない姿勢もまた、
買う以上に必要なことではなかろうか。
しかし、こうした絶望的な状況に近頃、
一筋の光が差してきたこともお伝えしたい。
福島県いわき市は
古くから節句幟の製作が盛んなところだが、
ここに若く有望な幟絵師が
活躍しているのである。
昭和五十三年(1978)生まれの
吉田博之(号・辰昇)さんは、
曾祖父と祖母が幟絵師であったことから
学業修了後その道に入り、
独学でその技を身につけた。
吉田さんは 先祖伝来の構図を受け継ぎながらも、
なお多くの古作に学び、
優れた幟旗を生み出している。
河鍋暁斎を意識した鍾馗など、
なかなか見事なもので、
その腕前はおそらく
現存の幟絵師としては
全国的にも随一といえるだろう。
技術もさることながら、
古作の研究にも熱心で、
それをまたご自身の作品に
立派に活かしているのである。
おかげで、いわき市周辺には
かつて全国あちこちで見られたような
勇壮な風景が よみがえってきたようだ。
ところで、近年節句幟が廃れた理由として、
「立てる場所がない」という声を
聞くことが多いのだが、
これは必ずしも当たっていないのではないか。
風が吹くと泳ぐ鯉のぼりは、
鯉の長さを半径として、
ほぼ直径以上の空間を確保する必要があるが、
縦に細長いだけの幟は、
庭でも玄関先でも
一坪程度の土地があれば十分に立てられる。
とすれば、幟はむしろ
狭小な都市住宅に
適していると思うのである。
出典:林直輝
『庶民の願い・絵師の技―江戸の幟旗』
松涛美術館展図録(2009年)
—— 私は2006年頃から、
絵のぼり文化の資料や古作研究を
Web上で記録し続けています。
当時、古作研究と制作の両面を行う幟絵師として
この図録で紹介していただきました。
この展覧会は、
江戸時代の節句幟文化を体系的に紹介した
数少ない大規模展覧会でした。
幟旗を主題とする展示としては、
現時点でも貴重な機会の一つであったと思われます。
文・辰昇|絵のぼり絵師
福島県いわき市
松重豊さん出演「福島豊」Youtubeシリーズにて、
絵のぼり工房として紹介されています。
工房訪問回および絵のぼりのお披露目回です。
人の集まるハレの場を象徴する、ユーモラスな「旗印」として。
松重豊さんが工房へ(第7話)
絵のぼりお披露目(第8話)